制服が半袖に切り替わって数週間が過ぎた、ある放課後の事。校内でも有名なあの三人組と一人の女子が、駐輪場の前に集っていた。放課後、それも下校時刻ぎりぎりなだけあり、残っている自転車は一台のみだ。

「あれ。自転車で来たの、プロイセンだけ?」

駐輪場を見回し、 が問う。
 彼等は普段三人揃って登校する。「俺は自転車は持たない主義だ」などと言って他人に乗せてもらっているフランスはともかく、スペインまで徒歩とは珍しい。
  がスペインを見やると、スペインは気恥ずかしそうに頭を掻いた。

「あれな、昨日パンクしてもうて……って、 も歩きなんか?」
「うん。朝乗っていこうと思ったら、ハンドル折れちゃって」
「ありゃあ。よっぽど馬鹿力でひん曲げたんやろなあ」

からかうスペインを睨み上げる 。しかしすぐに気を取り直すと、プロイセンの自転車の後部席に片膝を乗せた。

「プロイセン、帰り道一緒でしょ?途中まで乗せてってよ」
「あ、ズルい!俺も乗せて!」

スペインも負けじと後部席へ手をつく。プロイセンは右足を着いて自転車を固定させると、狭い場所へ無理に収まろうとする二人を追い払った。

「バカ、この自転車で三ケツなんかしたらぶっ壊れるだろ!」
「そんなん、やってみんと分からんやんけ」
「壊れた時弁償するなら乗せてやる」
「ええー……」

不満気な声を上げるスペインを、プロイセンが軽く小突く。結局乗せられるのは かスペインのどちらかとなり、勝負はジャンケンに委ねられた。
 お互い楽をして帰りたいのは同じである。向かい合った二人はすうと拳を後ろに回し、視線を交えた。両者とも無駄に真剣である。下らないやり取りに、傍観者のフランスは呆れ果てている。
 掛け声に合わせて、二人の拳が前に差し出された。片方はグー、残る片方はパー。
 ―― の口から、歓声が上がった。逆にスペインからは、深い溜息が零れる。

「年上は労わらなあかんで」
「なあにが年上だ。誕生日、私と四ヶ月しか変わらないくせに」

今だ諦め切れないスペインをよそに、 は自転車の後部席を占領する。
 遠ざかっていく二人の背に向かって、「カップルみたいやんなあ」と笑うスペインだった。



***



 プロイセンの腰に腕を回し、上半身をやや後ろに傾け、 は前から流れる風に目を瞑っていた。初夏の温かい風は心地よく、腕に伝わるプロイセンの体温も相まって、眠気すら誘う。目を開けば、無限に続く夕焼けの空が映り込む。過ぎ行く雲を見つめながら、ふと湧いた疑問を はそのまま口にした。

「やっぱり、そのうち皆バラバラになっちゃうのかな」

唐突に投げかけられた質問に、プロイセンが眉を寄せる。

「なんだよ、いきなり」
「だってさ。フランスもスペインも、彼女とか出来たら大事にするタイプじゃん。フランスなんて結構あっさり離れていっちゃったりして」
「……そう、かもな」

それきり、黙り込む二人。
 沈黙が気まずく感じられた は、取り繕うように上機嫌な声を出した。

「プロイセンは気になる人、いないの?」
「べ、別に……いねえよ、そんな奴」

言葉がどもったのは、単にそういった話題だったからなのか、それとも嘘だからなのか。へえ、と疑いを込めた返事を寄越すと、プロイセンから「余計なお世話だ」と返された。

「じゃあ、私が一人になったらプロイセンが付き合ってよ」

話の流れに乗って、けらけらと笑いながら軽口を叩く。顔は相変わらず、空を向いたままだ。しかし突然訪れた衝撃に、 は逸らせていた首を前に戻した。

「うわ、危な……!」

今まで順調に進んでいた自転車が、急ブレーキによって僅かにつんのめる。

「な、なに?どうしたの?パンク?」
「……考えとく」

慌てふためく をよそに、プロイセンが小さく呟く。

「うん?」
「考えといてやるよ。付き合うかどうか」

背後を振り返らぬまま答えるプロイセン。 はぽかんと口を開き、間抜けな顔でプロイセンを見上げた。
  としては、ほんの冗談で言ったつもりだったのだ。ふざけた口調であったし、何よりそんな重々しい空気は無かった。真面目に答えを返されるとは思いも寄らない。完全に不意打ちである。おかげで先程までただの友達でしかなかったプロイセンが、全くの別人に見えて仕方が無い。
 プロイセンがペダルを漕ぎ始め、自転車は再び帰路に就く。何気なく視線を向けた先で真っ赤になった耳を見つけ、どうしようもなく恥ずかしい気持ちになった は、思わずプロイセンの背に顔を埋めた。