見慣れない教室内は存在するだけで違和感を感じた。
この教室に在籍する生徒達から見れば何でもないただの他クラスの生徒でも、一人踏み入れる側からすれば違和感と微かな恐怖さえ覚えてしまう。
はそんな内向的な考えを叱咤して、幼馴染の元へと足を向けた。

「フランシスー・・・古文の教科書持ってない?」

後ろから近付きざまに問えば、呼ばれたフランシスは振り返って驚いたように目を丸くした。

「あれ、。忘れ物なんて珍しいね」
「朝急に時間割入れ替わったからさ。もともとなかった教科なの」
「へー。でもごめんね、俺もう貸しちゃった」

両手を合わせて謝罪を述べたフランシスに、えぇ、と落胆の声を上げた。

「誰か貸してくれそうな人いない?」
「あー・・・どうだろ。・・・あ、ギル!」

首を傾げたフランシスはしかしその直後にすぐ傍を通りかかった悪友とも言うべき親友を呼び寄せた。
呼ばれた方は流れるように視線をフランシスに向け、そして僅かに視線を歪める。
それを見て何やら納得したふうなフランシスが、「違う違う」と苦笑いと共に否定の意味で手を振った。

「ただの幼馴染だから。恋人じゃないよ」
「・・・ならいいけどよ」

低い声でギルベルトが頷く。
一人蚊帳の外にいたが首を傾げると、フランシスが気付いて説明した。

「俺の彼女には関わらないようにしてるんだよ、コイツ」
「てめーのとばっちりくいたくねえからな」

眉を寄せて呟いたギルベルトは、それからふと思い出して「で、何?」と尋ねた。

「あ、忘れてた。古典の教科書持ってない?」
「持ってるけど・・・古文?漢文?」

その問いにフランシスがを見やり「古文だっけ?」と確認するように尋ねた。
「古文の方」とは頷く。

に貸せばいいんだよな」
「そう。・・・ってあれ?二人とも知り合いなの?」

驚いたような声は二人に向けてのものだったが、落ち着き払ったギルベルトに対してはぽかんとした表情をしていた。
そこでようやくお互い初対面という事実に思い当たって、ギルベルトは あー、と小さく声を上げる。

「初対面だけど。・・・掃除場近かったときによく名前呼ばれてたから覚えた」
「へー。珍しいね、お前が興味ない知らない人間の名前覚えるなんて」
「たまたまだよ。・・・ほら、古文」
「あ、ありがとう。えっと・・・ギル、君?」

首を傾げながら呼んだ名前はフランシスがギルベルトを呼ぶ時に用いた呼称だ。
休み時間を半分過ぎた教室のざわつく喧騒に乗せられた名前にギルベルトは苦笑する。

「ギルベルト。ギルベルト・バイルシュミット。まあギルでいいけど。みんなそう呼ぶから」
「あ、うん。私は・・・まあ知ってると思うけどです。あ、そうだ。今日古文の教科書使う?」
「三限目使う」
「あ、じゃあ終わったらすぐ返しに来るね!ありがと!」

言うが早いか、は時計を見ると早足に自分の教室へ戻った。
三限目が始まるまで、もう時間がない。
後ろ姿を見送った二人は、お互いに目を合わせしばしの無言を貫いた。
剣呑に細められた目に射抜かれ、フランシスは苦笑する。

「・・・『たまたま』?」
「しつこいんだよっ!」

言い返したギルベルトの頬の色を、走り去ったは知らない。










教室に戻り自席に座ったは、借りた教科書を眺めふいにぱらぱらとめくった。
少し不良染みた見た目に合わず、教科書にはまじめな書き込みがなされている。
頭良いのかな、と思考が勝手に言葉を紡いだ。

教科書をめくったままの右手が震え、ぱらりとページが戻っていく。
そんなわけないと否定した頭が、同時に「一目惚れ」という単語を弾き出した。





理屈抜きで考えたら

( わかってる。たぶん好きになったんだ。 )