幼い頃に何度も読み返した絵本。
主人公が空を旅する、大好きだったあの絵本。
『−雲の味は、―――・・・。』
あれ、なんだったっけ・・・?

入道雲が食べれたら

グラウンドから聞こえるのは運動部の忙しそうな声と、耳に届くだけでも厚苦しいセミの鳴き声。
教室にいるのは私一人。
まったく・・・、なんで夏休みまで委員会活動しなきゃいけないんだろ。
内心うんざりしながらも、資料を見ながら仕事をこなしている自分に気づいて自己嫌悪。
はぁ、とため息をついた。
ふっ、とグラウンドを見ると野球部が練習試合をしているようだった。
先ほどから聞こえてくる罵声と声援は、どちらもこちらが発信源のようだ。

頑張ってー!なん、顔を赤らめながらバッターに声援を送る女子。
それに答えるように小さく頷くバッター・・・(知ってる人だけど・・・あれ、誰だっけ?)。
バッターが構えたのを確認して、ピッチャー投げた。
カキーン・・・−。
一瞬にしてボールは青空へと吸い込まれていった。

「ホームラン・・・か・・・。」
私はグラウンドの慌ただしさを見下ろして、そっとつぶやいた。
そして一言・・・、
「・・・なんか、青春・・・してるな・・・。」
口にだしてみると恥ずかしくて、本日二度目のため息がでた。
もうちょっと高校生活を楽しんだほうが良かったかなぁ・・・なんて思っても後の祭り。
すでに部活にも入ってなければ、好きな人の一人すらいない。
・・・駄目だ、気分が落ち込んだ・・・。
あきらめて机に広がっていた紙切れを雑にカバンへしまいこむ。
直後、バンッと大きな音を立てて教室の戸が開かれた。

「あ、フェリシアーノ・・・とルートと菊さん。」
転がり込むように入ってきたのは漫画研究会(?)の三人組だった。
「あ!!、久し振り〜!!」
そうあいさつしたフェリシアーノは、いつもの笑顔を私に向け・・・、それとともに手をひっぱった。
「へ・・・?ち、ちょっと!!フェリ?!」
唐突のことながら、カバンを手につかみ彼に意見したが、「はやく!!」と三人に急かされ窓から外へ飛び出した。

「さっさと逃げましょう。このままだと追いつかれます。」
「ぅえ?な、なにから?!」
走りながら尋ねるがやっぱりスルー。
結局手は繋がれたまま、何一つわからずに自転車小屋まで全力ダッシュ。
さ、さすがに何もやってない体には酷だよ・・・コレ。
そのまま自転車の後ろに乗せられ、高校から抜け出した。
学校のほうから「資料の山崩したの誰だぁ!!」なんていう、生徒会長様の声が聞こえたけど・・・、まさか、ね?

やっと一息つけたのは、近くにある昔懐かしの駄菓子屋さんだった。
「悪いな、おまえまで巻き込んで・・・。」
「いいや?・・・雰囲気的に、ルートは悪くないんでしょ?」
まぁ、と肯定の言葉が聞こえてやっぱり、と思ったことは口には出さないでおこう。
っていうか、目の前で繰り広げられている張本人の可愛らしさを目の当たりにしたら、誰だってそう思うよね。
「菊〜何これ!オレ初めて見た!!これって食べ物?おいしい?!」
「はい、食べ物ですよ。私は好きですね、この駄菓子。」
「へぇー!!じゃあじゃあ、これは?!菊好き??」
おもわず笑みがこぼれたその光景を、やりとりを、私とルートは15分程度眺めていた。

「は〜・・・。たまにはこうしているのも悪くないね・・・。」
私たち四人は駄菓子屋をあとにした後、学校の反対側にある川原にきていた。
蒼い空には雲が浮かんでいて、ゆっくりとしたスピードで流れていく。
私は草原に座り込んで大きく息を吸った。
「皆さん、ラムネでも飲みませんか?さっき買ったんですけど・・・。」
「飲む飲む!!菊、オレに一本ちょうだい!」
そういった菊の申し出に私は甘えさせてもらい、四本あったうちの一本をうけとる。
そしてラベルをはがし、ポンッという音をたててビー玉を落とした。
シュワシュワと炭酸のはじける音が聞こえたが、溢れなかったのを見る限り私は口を開けることに成功したようだ。
そのままいっきにボトルを傾け、ラムネを口に流し込んだ。
「・・・ったぁー!!おいしいっ!」
やっぱりラムネっておいしいよね、と隣に言葉をかけると彼は失敗したようで、おもいっきりラムネが噴き出した。
「あわわ・・・、ど、どうしよう菊ぅ!!」
慌てふためくフェリシアーノに、はいはいと言いながらティッシュを差し出す菊はお母さんのようで、おもわず笑ってしまった。
ルートも呆れたような顔をしてティッシュを差し出した。

四人がぼーっとして時を過ごしてから何分たっただろうか。
突然フェリシアーノが「あ・・・!」と声をあげた。
どうしたんだろう?と彼のほうを見てみると空にむかって指をさしていて、私とあとの二人はそろってその方向を見る。
「あの雲さぁ、マカロニの形にみえない?!」
そう言ったフェリシアーノの言葉に一瞬目を丸くしたものの、ぷっと言う声が聞こえて私も笑ってしまった。
「えー?何で笑うんだよぉ・・・。」
「えーだってぇ・・・、マカロニって言ったってそんな味なんてしないし。」
「まぁ、雲に味なんてないですしね。」
「おまえは食べ物ばっかりだな・・・。」
三人でたたみかけるようにフェリシアーノに言うと、彼はがっくり肩を落とした。
えぇーいいじゃん、なんて呟くフェリシアーノを見ているとなんだか可哀そうになってきた・・・。
「・・・幼いとき、雲は綿あめみたいな味がするなんて考えませんでした?」
いきなりの菊の言葉に一瞬ビックリしたが、フェリシアーノがキラキラした笑顔を浮かべたのを見て、私もルートもふっと笑い、
「そうだね、たしかに小さいときは綿あめみたいな触感なんだろうと私も疑わなかったなぁ。今考えたらおかしいとおもわない?」
「まぁ・・・、そうだな。でも、そんなこと思ったころもあったかもなぁ。」
なんて言った。
そんなみんなの言葉を聞いて、
「うん、うん!!そうだよね!やっぱりみんなもそう思ったよねぇ!」
と、フェリシアーノはそう言いいつもの笑顔を周りのみんなに向ける。
ちくしょう、可愛いな!とか思ったけど口には出さない。
言葉に出したらさすがに変態だと思われかねないしね、なーんて。
ふーっと息を吐きながら青々とした空を見上げる。
目を向けた先には、大きな入道雲。
ふと幼い頃の思い出がよみがえって、私はそういえば・・・と声をあげた。
「ん?どうしたの、?」
フェリシアーノの声に、私はその思い出を話した。
「小さい頃ね、何度も読み返した絵本があったの。主人公が空を旅する話なんだけど、最後の大好きなセリフがあって。『雲の味は・・・』・・・あれ?なんだっけ・・・。」
「雲の味・・・ですか?」
菊の疑問の言葉に私はコクンと頷いた。
「んー、なんだっけ?」
「・・・んじゃさ、そんなのが考えちゃえばいいんじゃない?」
「はい?」
フェリシアーノはそう言ってにこやかに笑う。
「忘れちゃうような思い出だったら、忘れないような思い出にすればいいんだよ。俺たちが今日こうやって楽しく遊んでたのも、忘れられちゃうの嫌だしね!だから、の思い出に残るように考えればいいんじゃない?」
・・・なんか、反則だ。
そんなに可愛らしく笑って、結構かっこいいこと言わないでよ。
「じゃあ、私は『綿あめみたいな味』で。綿あめを食べたら今日のこと思い出せますしね。」
菊がそう言いった。
ルートは・・・
「・・・オレは、・・・ソーセージ・・・?」
「いやいや、好きな食べ物言えばいいってもんじゃないでしょ?!」
なんかボケられた。
と思いきや、ちょっとしゅんとしたのを見ると案外本気だったのか?!・・・読めないな。
「じゃあ、俺は・・・うーと、うーと・・・パスタ!」
こっちもか!
・・・なんか、さっきのフェリシアーノが霞んできたよ・・・。
「で、は?」
突然声をかけえられ、三人の視線が私に向けられた。
「えと・・・。」
ふと手元にあった、まだ半分ほど残っているラムネに視線を落とした。
「ラムネ・・・。」
「え?」
「そう、口に入れるとシュワシュワ溶けて、キラキラしてて・・・透き通ってる、ラムネみたいな味!!」
・・・、数秒の沈黙に私は恥ずかしくて立ち上がった。
「ななな、なんか言ってよ!!」
そう叫ぶように言うと、
「いいんじゃないですか?さんらしくて私は好きですよ?」
「そうだな。悪くないんじゃないか?」
「そーだよそーだよ!恥ずかしがることないって!」
そう言って、三人は私にキラキラしたした笑顔をくれた。
あーもう、みんなかっこいいなぁ!!これじゃ私がばかみたいじゃん!
まっ、いいけどね。

キラキラした思い出をくれた三人と過ごした一日はとっても楽しかった。
まだまだ長い夏休み、毎日こんな風に遊べたらいいのに。
まぁ、そんなわけにはいかないけど。
そこまで考えて、さっきから鳴り響いている蝉の鳴き声が鬱陶しくないことに気がついた。
・・・なんていうか、いいかも。
まだ隣で笑ってくれている三人を見て、私はそんなことを考えていた。