「やだばかしね」
「先生にばかとかしねとか言っちゃいけません」
「じゃあくたばれ」
「ちょ、この子ひどい!」

フランス先生がジャージの袖を引っ張るのでお返しにグラウンドにいくらでもある砂(小さな石も混じっているやつだ)を思い切り顔面に投げつけた。「砂は無いだろ!」甲高い悲鳴でフランス先生は私の袖を引っ張るのをやめて目をごしごし擦っている。いい気味だ。

「もうやだ……不良少女」
「先生の力量不足ですよ」
「うざいな! もう本気で怒った!」

フランス先生が鬼の形相で私の袖を引っ張り始めるので(「きゃーセクハラ! セクハラ教師よ!」「こんなんでセクハラになったら教師なんか性犯罪のパラダイスですぅ!」)、その腕をばしばし叩いた。そのうちのひとつが丁度いい感じで痛いところに当たったのか、引っ張るのを止めて手を引っ込めた。私は自由になったのでまたグラウンドの乾いた土の上に無遠慮にどすんと座る。ジャージ汚れるけど仕方ないよね、もうとっくに汚れてるんだし。

「おまえさぁ」

フランス先生は呆れたように目を細めて腰に手を当ててそう言うと、私があまりにも不細工な表情をしていたためかため息をついて、私の隣に同じようにぼすんと座った。

「青春こんなんでいいの?」
「フォークダンスだけが青春じゃありません」

高校生活最後の体育祭、そのフィナーレを飾るのは流行の歌でフォークダンスを踊るというもので、今はその一個前の競技が行われており、本来なら私のような三年生は今の競技が終わったらすぐにフォークダンスに入れるように入場門に整列しておかなければいけない時間だ。なので私の担任のフランス先生はこうやって一生懸命に私を並ばせようとしているんだけど、私はどうしても出たくない理由があるのだ。

「フォークダンスとか青春の代名詞を無駄にするわけ? 好きな子とかいないの? 今日のはクラス関係なくぐるぐる相手が変わる奴だしチャンスあるかもよ?」
「年上趣味なんですぅー」
「身もフタも無いなぁ」

フランス先生が二回目のため息をついた後、向こうから険しい顔をしたイギリス先生が駆け寄ってきた。私を見て一瞬だけ疑問符を浮かべるものの、何かを察して私にはあえて何も言わず、座り込んでいるフランス先生の前に立った。

「フランスてめぇここで何してんだ! 散々探しまわったんだぞこのバカ! 早く行かなきゃいけねぇのわかってるよなぁ?」
「わーイギリス先生こわぁい」
「気持ち悪! いい年したおっさんが女子高生みたいな喋り方すんなバカ! さっさといくぞこのヒゲ!」
「えー」
「てめ、マジ時間無ぇのわかってるよな?」
「俺ちょっと頭が痛いからギリシャにでも代役にお願いしてくれない?」
「なんだその小学生みたいな言い訳は……。まぁいい、お前あとで学年長にいいつけるからな!」

イギリス先生はくるっと踵を返して、ギリシャ先生の名前を呼びながら向こうに走って行って消えた。その姿を数秒間みつめてから、私はまた視線を落とす。

「うちの学年少しだけだけど男子が足りないから、フォークダンスに少し男性教師が混じるんだよな。俺もイギリスもメンバーに入ってたんだけど」
「……すいません」
「謝るくらいなら砂とか投げつけるなよ。でもギリシャは結構競争率高いからこっちのが返っていいかもな。あ、でな、話戻るけどなんでお前行きたくないの? 男子の手握りたくないの?」
「……」
「汗でベトベトだもんなぁ。これだから思春期はなー。青春だなぁ。先生も戻りたいなぁ、青春」

ニタニタする先生にまた砂を引っつかんで投げた。隣でぎゃあぎゃあ聞こえる。(手を握りたくないのもひとつですけど、汗でベトベトしてるとか関係ないんですよ、先生。あとついでに言うなら先生がフォークダンスに出るのも知ってましたし、私は結構計算して動いているんです)

「先生」
「痛っ……ん?」
「ありがとー」
「は? 何が?」

流行の切ない恋の歌がスピーカーから少しだけ音割れして聞こえ始める。なんのCMの音楽だったかなぁ、いつの間にかグラウンドに集まっていた生徒たちが、たどたどしく踊り始めた。





見ているだけのフォークダンス




(090324 その時僕らは青春の中にいた!さまへ!)