きっと、君には理解できない。

放課後の教室にふたりきり、なんて本当に緊張する状況だよね、そう誰にともなく愚痴ってみたり。
アーサーは用件がわかっているのかわかっていないのかあたしと目を合わそうとはせずにただ俯き加減であたしと対面していた。
「アーサー」
夕陽で照らされて赤くなった頬があたしの視界に入る。
アーサーが俯いているせいであたしの視線もどんどん床に近付いていった。
ああ、言いづらい。
「・・・・・聞いてよ」

返事は返ってこなかったけど、確かにさっきまで違う方を向いていた彼はようやくこちらを見た。
緑色のエメラルドみたいな瞳があたしを捉える。その瞳はあたしとともに困惑をも映していた。
どうして、って思ってるんだろうな。そうやっていつもいつも無自覚。
あたしとアーサーがこうして向き直っているのは他でもなくあたしがアーサーを手紙という古風かつ常套な手段で呼び出したからだ。
きっとその時点でアーサーは気付いているんだろう。だから気まずそうに目もあわせてくれない。
ああ、こんなことになるなら、やっぱり秘密にしておけばよかった。

「ごめんね、でもやっぱりこの気持ち・・・・・・おさえられない」
「なんで・・・・・俺なんだよ」
そんなこといわれても、と呟く。
「好きだからだよ。あたしも・・・・・みんなも」
「理由になってねえ!」

しん、と教室に沈黙が舞い降りた。興奮したのかアーサーの息は荒く、夕陽が赤く染める頬はなお赤い。

「・・・・・・だって」
だって、と再び呟く。二度目のそれは音にならず、空気を震わせただけだ。


「すっごく売れるんだもん・・・・アーサーの写真集」


アーサーが拳をぎゅっと握り締めながら下を向く。
(冷静になれ・・・・相手は女だ手を上げるな)
クールになろうと必死の様は誰がどう見ても、「快感をこらえるアーサー」である。
「ナイスショット・・・・・!」
こそっと懐からデジカメを取り出し、瞼を閉じているアーサーの顔をドアップで写真に収める。
小さな画面には夕焼けの教室で快感に悶える生徒会長が。わお、次の売り上げはいくらになるかなー。

「おっ・・・・まえなぁ・・・・」
地を這う低音が聞こえて、デジカメから視線をはずしそちらを見やればもう許さないと言わんばかりの顔。
「なーに、そんな顔しちゃって」
「ふざけんなよお前!俺の人権をなんだと思ってやがる!」
「なにそれおいしいの?」
だーっ!とアーサーが短い髪を乱暴に掻き回す。そんなところもこっそり写真に収めたかったけど、今やったら口きいてくれなくなりそうなので我慢。

「個人で楽しむならまだしも商売道具とか・・・」
苛立ちから立ちなおったアーサーは斜め上を見ながら口元に手をやり、はぁと息をついた。
その仕草も確かに絵になっていたけど、それよりもアーサーの言葉のほうが気になるなんて、あたしも末期だなぁ。
「・・・個人で楽しむのはいいの?」
きょとん、と思わず首をかしげながら聞いてしまう。
「ん、なわけないだろ」
そうぶっきらぼうに言い捨てたアーサーの頬はしかし赤く。夕陽のせいじゃないんだよねとひとり笑った。

「そうだよねーまさか生徒会長が盗撮を許すわけないよねー」
当たり前だろ、とぶさいくな顔でつぶやく彼。
意を汲んでもらえなくて残念だったね、なんて心の中ではによによしながらあたしは飄々とした顔でなおも言葉を続けた。

「まぁアーサーの携帯にあたしが授業中寝てるときの写真があったことにはびっくりしたけどね!」

途端にアーサーの目が見開かれる。今まで平静を保とうとしていただけに、その破顔っぷりは何よりもカメラに収めたいと思うものだった。
「なっ・・・おまえ・・・知って」
「知ってたよー。しかもその数日後に確認したら増えてたしー。さすがに着替え写真とかなくて安心したなー」
アーサーは何も言えずにパクパクと口を開いたり閉じたり、こちらを指差して赤面して。
動揺してる姿がやっぱり一番好きかもしれない、そう思いつつさらにアーサーを追い立てていく。
「でもなんであたしの写真だけ?実際あたしアーサーのほかにフランシスとかアルフレッドとかその他いろいろな人の写真取ってるんだけど」
なんであたしだけ?そう再度きいたときに、アーサーは耳まで赤くなって涙目になりながら「知らねーよこのスットコバカー!」と叫んで教室を出て行ってしまった。

「・・・・やれやれ、最後まで話聞いてよね」
携帯の待ち受けはアーサーで、ここ一週間誰にも見せてないんだから。

飛び出していったアーサーはそんなことも知らずにただ恥だ恥だと人目も構わずに家路を失踪しているのだろう。
あたしもつい悪い癖が出たから悪いんだけど、ね。
(好きな人をいじめるなんて、小学生のガキじゃないんだから)
けどもう満足かな、まさか泣いちゃうとは思わなかったけど。

何も知らないアーサーに今度こそ本心を伝えるべく、二つ折りのそれを開いた。



  今だから言えること



(あたし、アーサーのことすきだよ)