明るいあの子が静かな日


 朝の日差しが眩しい中、それぞれ、クラスの制服を身にまとった生徒たちは学園の正門をくぐる。
 その中に眠気と戦いながら、どうにか歩いていたヴェネチアーノがいた。
 ふらふらと歩きながら知った顔を見つけると、眠気がとんだように声を上げて駆ける。

「ヴェー、さん! おはよう〜」

 声をかけられたは、振り返ってヴェネチアーノを見ると固まった。

「おっおはよう! ヴェネチアーノ!! きょっ今日はまだ誰ともぶつかってないの!?」
「まだだよ〜」
「さっ先に教室に行ってるね! それじゃまたー!」

 は逃げるようにその場から去っていった。

「えー、さん?」

 世界W学園、ここは欧州クラスの教室である。
 まだ登校途中で生徒がそろってはなくまばら、先程教室についたは机に伏せていた。
 「どーしよう。言おうか言わないか」と唸る中、ふいに頭を小突かれる。

「おい、お前。今日生徒会室寄れって言ってただろ」

 頭をさすりながらは顔を上げた。

「ブリタニアの生徒会長どうしました?」
「いつまでもたっても来ないからセーシェルに連れて来いって言ったのにあいつもどこに行ったんだ。まったく…」

 イギリスはブツブツと文句を言っていた。
 使いを頼んだセーシェルは転校してきたばかりなので校舎内を彷徨っているのかもしれない。
 は心の中でセーシェルに対し労わりと謝罪の意を述べた。

「それ…いつ聞いたっけ」
「昨日の帰りに言ったよな? あぁーもう、授業始まるから後な! 昼休みには来いよ!!」

 この後も小言を言われそうだったが、チャイムが鳴り終わると先生が入ってきた。
 教科書を出し、授業を受けるが内容が頭に入らない。
 それよりも朝からずっと話そうとしている事を話せるか話せないか、そればかりが気になっていた。
 この席から見えるヴェネチアーノの後頭部が静かに揺れていた。眠気と戦っているのだろうと、彼女は思わず顔をほころばせる。
 頭が上下にゆれると陽に当たった髪がキラキラときらめいていた。

「さぁ、さん。この問題を解いてください」
「先生! すみません。わかりません!!」

 全然話を聞いてなかったので、とは続けられなかった。
 授業で注意された後は、職員室に呼び出され休憩時間いっぱい叱られていた。
 次の授業は自習だったので、また机に顔を伏せていた。
 それを見たフランスはふらふらとの机まできた。

「どうした? 。叱られるなんて珍しいな」
「いや…なんでもありません」
「それにやけに静かだし。ほら、休憩中は騒がしいじゃないか」
「ちょっと先生に叱られたので大人しくしています」

 そわそわしながら、ちらりとヴェネチアーノを覗き見るを見たフランスはピンときた。
 前々から怪しんでいたという事もあるが、これは面白くなりそうだと踏んだので少々背中を押してみようとした。

、フランス兄さんからのありがたいお話だ」
「ありがたいお話ですか?」

 真面目な声で話すので、は顔を上げてフランスを真っ直ぐに見た。

「思ってるだけじゃ伝わらないこともあるんじゃないか?」
「フランスさん」

 思っているだけでは伝わらない。
 やっぱり話さないと…。

「そう…ですよねー」
「そうだ。思い切り言ってこい!」
「わかりました!」


 思い切り、思い切り、とヴェネチアーノに話す機会を伺うが中々回ってこない。
 授業中、合間の休憩、昼食とずっとヴェネチアーノの背後を見ているは周りから異様なオーラを発して見えた。

、今日は大人しいな〜どないしたん」
「いや、ちょっと腹痛です」

 本当の理由は正直には言えず、彼女はスペインに嘘をついてしまった。

「そうか? 保健室行ったほうええよ」
「出かかってるけど大丈夫ですよ」
「出るって何が!?」
「色々(言葉)がです」

 言葉にしたい事がある。
 しかし、彼女の思いとは裏腹に、時間はあっという間に過ぎていった。
 そして放課後。
 は裏庭に行くヴェネチアーノをやっとの思いで引き止めた。

さんー、どうしたの?」
「ヴェネチアーノ、朝から言いたいことがあったの」

 高鳴る胸を押さえ。
 頭で描いていた事を言葉にしようと勇気を振り絞る。

「あっあの…」
「どしたのー?顔赤いよ」
「いや、うん…あのね」

 本人を目の前にすると、どれだけ頭のなかで描いた言葉でも口から出てきてくれなかった。
 一方、草むらに隠れているフランス以下2名がいた。

「う〜ん、いけそうか」
「これってなんやフランス。これ様子が変だった原因?」
「どう見ても今日が静かだったのはイタリアに告白したいためだったんじゃないかな〜」
「ブッ! そうだったのかよ…」

 休憩時間、にたきつけたフランスはスペインとプロイセンと一緒にその様子を見ていた。
 告白が終わったらお祝いでもしてやろうかと準備をしていたようだ。

「そりゃ緊張するからやない?」
「あれが緊張するタマかぁ?」
「なんやプロイセンそんなこと言ったらだめやで」
「女の子だね〜」
「そうやな〜」

 当の本人は緊張が頂点に達していた。
 顔を見ていられなくなり俯く。口を開こうとしても声が出ない。徐々に震える体。

さん…?」
「言うから待ってて…ヴェネチアーノ…」

 草むらに隠れている者たちも息を呑む。






「あのね! チャックが全開だから上げたほういいよ!!」
「ヴェー! うそ! 俺、今日あけっぱなしー!?」

 『きゃー! 言っちゃった』と叫びながら顔を真っ赤にしては走って逃げた。

「えーマジなん? あれ」
「うっそー。こんなはずじゃ…」
「こんなことだろうと思った。力ぬけたぜ…」

 一部始終を見ていた後ろの出刃亀達は、見事にその場に崩れていた。




「ちょっと待ってー。さん〜」

 走って逃げたを追いかける。
 声をかけると彼女は走る足を止め、振り返った。

さんが今日静かだったのって…そのーこのせい?」
「え、あ…そう…かも。朝見て、かなり動揺しちゃったから」
「じゃーちょっと残念。フランス兄ちゃんの言ってたのと違うけどいいや〜」
「何が?」

 その問いには『秘密』と答える。
 は何のことだろうと首をひねった。

「じゃ、さん。また明日ね」
「うん! また明日」

 彼女は、去ってゆくヴェネチアーノの背中を見送る。
 そして、昼休みに生徒会室に行くのを忘れていた。